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佐原 秀泰 騎手(高知)

2015年11月04日

福山のトップジョッキーとして君臨していた佐原秀泰騎手は、福山廃止後に南関東、高知と移籍してなかなか結果が出せずにいました。しかし、今年は91勝(10/25現在)を挙げて高知リーディング第3位につける活躍を見せています。これまでのこと、そして現在の心境をお聞きしました。

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今年はここまで(10/25現在)91勝を挙げ、昨年の48勝を大きく上回っています。何かきっかけがあったんですか?

きっかけというか、嬉(勝則)騎手が別の厩舎に移籍して、乗り馬が増えたということもありますし、あと乗り方のイメージを変えたというのもありますね。去年1年は福山での乗り方を意識して、イケイケのレースをすることが多かったんです。でもそれでは思うように結果を出すことが出来なかったので、今は高知に合ったスタイルで乗ることを心掛けています。

具体的にはどんなことですか?

福山の場合は、内枠でも外枠でもとにかく先手にこだわることが重要でした。多少無理をしてでも前でいい位置を取ることがポイントだったんです。でも高知は、前半で少しでも無理をしてしまうと最後に止まってしまう。先手にこだわるよりも、いかに道中楽に運べるかなんです。僕は福山時代に上位にいさせてもらっていたので、そのやり方を貫きたいという気持ちが強くて......。福山のやり方を高知でも通用させたいと思って1年やってきたんですけど、結局結果を出すことはできませんでした。でもよく考えたら、高知に合わせた騎乗をすることは、福山時代の騎乗を捨てることにはならないんですよね。今は福山で培った経験をベースに、高知に合わせてプラスαの技術を身に付けたいという意識でやってます。

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福山ではどんな技術を学びましたか?

高知に比べても超小回りでしたから、コーナーできっちりと進路を選択する技術は持っているつもりです。それは今もすごく活きていて、高知は内を大きく開けるのがセオリーですけど、僕はけっこう内を突いて差し切ることも多いです。あとは、若馬を育てる技術ですね。福山の頃からずっと所属している那俄性哲也先生は、昔から若馬にこだわる方だったので、毎年毎年いい2歳が入って来て、そこから育てて行くということを教えてもらいました。その中でも、クーヨシンとカイロスに出会えたことは本当に大きかったです。

福山の女神と呼ばれたクーヨシンは、2歳3歳時に重賞を勝ちまくり、佐原騎手と共に全国区の馬になりましたね。

あの仔が僕のすべてを変えてくれました。クーヨシンに出会うちょっと前は、那俄性厩舎も馬が少なくなってしまって、僕も乗り馬が少なくなっていて。先生も辞めるか悩んでいる時期で、先生が辞めるなら僕もやめようかななんて思っていました。でもクーヨシンに出会って、最初は強くなかったのにどんどん成長してくれて、僕を導いてくれました。レースの見方も変わったし、競馬っていうのは、馬っていうのは、という根本の部分も教えてもらいました。今振り返ると、それまではあんまり深く考えていなかったんです。人気がある馬に乗ったら勝てるかなとか、単純にしか考えてなかった。それが、1頭1頭の馬ときちんと向き合って、深く考えるようになったんです。

そしてその直後に出会ったのが、福山の怪物と呼ばれるカイロスですね。

カイロスに乗った時には、勝ちたいという気持ちよりも、負け方がわからないという感じでした。大昔に那俄性先生に「勝つのは難しいか? でも、本当に強い馬に乗ったら、勝つことは難しくないんだ。負ける方が難しいんだぞ」って言われて。その時はまったく理解できなくて、さすがローゼンホーマ(福山史上最高の名馬と呼ばれた馬)に乗ってた人だなくらいに思っていたんですけど、カイロスに出会って那俄性先生の言ってたことがわかりました。

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カイロス(2013年2月2日、福山・若駒賞、写真:福山市)

カイロスとはさまざまな思い出があると思いますが、福山廃止後に共に南関東に移籍したあとは、乗り替わりという悔しい経験もありました。

そうですね。今は離れているのでそこまで思わないですけど、自分も南関東にいる頃に別の人間が乗るというのはかなり悔しかったです。勝負の世界なので仕方ないことですけど、高本先生(福山時代のカイロスの調教師)と厩務員さんと僕とで育てて来たという自負があったので、その部分を見てもらえないのは悔しいです。それが南関東の厳しさなんですけど。

福山→川崎を経て、再びデビューの地・高知に戻って来たわけですが、そもそもなぜ高知から福山に移籍したんですか?

デビューから3年は高知にいたんですけど、デビューしてすぐに廃止になるかもというくらい追い込まれていました。当時は1000勝以上の騎手が何人もいて、もし廃止になったら僕は行き場がないなと不安に思っていて。そんな時、福山の那俄性先生が騎手を探しているという話があって、別府(真司)先生から「誰か福山に行かないか?」って言われて。その時は悩まずにすぐに動きました。福山なら近いし、いいかなという感じで、かなり甘い考えでしたね。今思うと、よく行けたなと思います(笑)。今なら移籍の大変さもわかるから、絶対動けないですけど。結果的には福山が廃止ということになってしまいましたけど、福山に行かなければ今の僕はなかったし、もしかしたら騎手を辞めていたかもしれません。だから、あの時思い切って動いたことは良かったと思ってます。

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ジュメーリイで黒潮皐月賞制覇(写真:高知県競馬組合)

現在は永森騎手、赤岡騎手に次ぐリーディング第3位につけていますし、ジュメーリイで黒潮皐月賞を制し、高知初重賞制覇も成し遂げました。

リーディングに関してはまだ途中なので何とも言えないですけど、この勢いが来年再来年と続いて行けるようにしたいです。黒潮皐月賞を勝てたことは、本当に嬉しかったですね。最後は倉兼騎手との叩き合いになって、かなり内に押し込めてしまったので、レース直後に怒られてしまって......。本当はガッツポーズをしたかったんですけど、火に油を注ぐことになってしまうので大人しく帰って来ました(苦笑)。次は快勝してガッツポーズをしたいです!

では、ファンのみなさんにメッセージをお願いします。

人よりもウロウロしましたけど、今度こそ高知に根を下ろすことが出来たので、これからは恩返しをしていきたいです。そのためには腕を磨いて面白いレースをすることだと思っているので、今まで以上にがんばります。あと今年から高知の2歳戦が復活して、世代ナンバー1になれそうなディアマルコに騎乗させてもらっているので、高知生え抜きの代表馬になれるように育てていきます! 応援よろしくお願いします。

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2歳の期待馬ディアマルコ

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インタビュー / 赤見千尋

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